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これはもう、今から15年も前の話だと、語ってくれた青年、ロータリオは笑う。
古くからある街というのは、言い伝えや伝説があるもので、この街にも近づいてはいけない場所というのがあった。
それは、海に面した断崖から少し離れた森のおくにある、見上げるほどの大きな塔。
昔、貴族が住んでいたと言われる塔は、今ではその華やかな面影は無く、蔦や草が生い茂る、薄気味悪い場所へと変化を遂げていた。
そして、人々が近づかない理由はそれだけではなかった。
この塔に住んでいたその貴族は、何者かに取り付かれたように、夜な夜な町中を徘徊し、そしてその姿が目撃された翌朝には、必ず街の住民が一人、道端で血を流して死んでいたという。
その姿はあまりにも無残で、四肢はばらばらにもがれ、目は抉られてぽっかりと穴があき、恐怖にゆがんだその顔は血の涙で汚れ、腹からは引きずり出されたハラワタがグチャグチャになってそこら一面にぶち撒かれていた。
もう百年以上も昔の話なのに、この町に住む人々はそれを恐れ、今もその塔にその貴族が住んでいるかのように遠巻きにしている。
しかし、この町の住人ではない人々が来ると、必ずそこへ行こうとする。必死になってこの街の人がとめるので、その塔へたどり着く人はほとんどいない。
そう、殆ど。
いってしまえば少数派ではあるが、その塔へたどり着くものもいるということだ
森で迷ってしまったり、街の人に会うことなくこっそり塔のほうへ行ったり。そんなイワク付きの塔とは知らずに、入ってしまったという事例もある。
彼女の祖父もその一人であった。
「ただいま…おじいちゃん」
「あぁ、ティン。お帰り」
笑うと目じりにしわの寄る人当たりのよさそうな老人が彼女に笑いかけた。
「どこまで行ってきたんだい?」
「少し向こうの…断崖までよ…」
つられて、彼女も静かに笑う。
「そうかい。何か変わったことはあったかい?」
老人は、彼女を無駄に長い食卓に着くように示した。
食卓の上には、蜀台が数個乗っていて、薄暗い塔の中を照らしている。
彼女は人差し指と親指で三角形を作り、その上にあごを乗せた。老人は両手を組み、テーブルの上に乗せる。
「えぇ…おじいちゃん…。ここの街の子供たちにあったわ…」
珍しく饒舌な彼女の話に、老人は耳を傾ける。
「10歳くらいの子達が…私に話し掛けてきてくれたの…。同い年くらいに…見られていたような…そんな気がするわ…」
「お前は少し身体が小さいからね」
老人は笑った。
「けれど…私はもう16よ…?小さいといってもそれほどひどくは無いわ…」
彼女も微笑う。
「そうだね、明日も行くかい?」
たずねられて彼女は頷いた。
「えぇ…。あそこに行くと…凄く気分が楽になるから…行ってくるわ…」
「気をつけていくんだよ?お前の体は…」
言葉を続けようとした老人に、ティンはわかってるわと阻んだ。
「わかってるわ…おじいちゃん…。大丈夫…ここはいいところよ…」
翌日、彼女は昼前に昨日と同じ場所へやってきた。
「あら、みんな…どうしたの…?」
先客がいた。
「ティンちゃんとお話したくて、皆来たのよ」
応えたのは、ミシュカだった。昨日もそうだったが、どうやら彼女はこのグループのリーダー的存在らしいことが伺える。
「本当は、お前がミサについて聞きたいだけなんだろ?」
小突いて笑うのはロータリオだった。
「いーじゃない!ロウだってティンちゃんが来るまで嬉しそうにしてたくせにー!」
イーッと歯を剥き出すミシュカと、何言ってるんだと少しあわてるロータリオの姿がおかしかったのか、物静かなティンが噴出し、声を出して笑った。
「ミシュカちゃんは…ミサに行きたいの…?」
一頻り笑い終え、彼女も含めた8人が円形になり、草むらの上に座る。今日も空は晴れており、たびたび断崖から吹き上げてくる風には潮の香りが混ざっている。
「私だけじゃないわ。この街に住んでる子供やお兄さんやお姉さんたちは皆思ってる。まぁ、ちょっと変わってる人もいるけど」
そういって、横目で嘲笑うかのように、ミシュカはロータリオの方をみた。
「なんだよその目。文句あるか?」
「別に?なんでこの街の方がいいのかわからないだけだもん」
ぷぅっとかわいらしく頬を膨らませるミシュカに、ロータリオは嘆息した。
「ミサは確かに都会だけど。近代過ぎると思うんだよ。俺はもっと海や森と一緒にいたいからな」
「でもそれならミサにもあるんじゃないの?」
その問いかけは、ティンに向けてのものだった。
「そうね…確かにミサにも海や森はあるけれど…ここと違って…森は人工的に作られたものだし…海は汚れて真っ黒よ…」
「真っ黒って、誰か墨でも入れたの?」
驚きに声を上げたのはロータリオたちの仲間の一人であるサンナバであった。後ろを刈り上げた短髪に、銀縁の眼鏡が光る少年だ。
「いいえ…ちがうわ…」
彼女は微笑んだ。
「港に出入りする船から出る油とかが…ミサの海を黒くしてるのよ…」
不思議な表情を子供たち。それは当たり前だろう。
彼らはこの街に面する、真っ青なイーゲル海しか見たことが無いのだから、黒い海というのは想像できないのだ。
「人工的な森ってなぁに?」
再びたずねたのは、サンナバの隣で空を見上げていたジャナ。彼も昨年異国から来た子供で、肌は日に焼けて浅黒く光を放ち、後ろでひとつに束ねた長髪も美しい漆黒色をしていた。
「それはね…もともとその場所には森はなかったんだけど…人がそこに木を植えて…森みたいに見せている場所のことよ…この森みたいに…根っこがあちこちから生えてないの…」
悲しそうに笑うティンに、つり目にツンツンヘアのスイックがたずねた。
「ティンはここの森好き?」
「えぇ…大好きよ…」
にっこりと微笑まれ、スイックは頬を赤らめた。
「ここの森も…空も…海も…みんな大好き…」
その自分には向けられていない微笑に、ロータリオはドキリとした。
その胸騒ぎは、何かいいものの兆しとは決して思えなかった。