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人は見かけによらない。
節くれだったごつごつした彼の指先は想いのほか器用だ。
保健室にやってきた下級生の着物に、綻びを見つけ繕ってやるその姿は、普段『学園一忍者している地獄の会計委員会会長』と、何やら仰々しい呼び名で恐れられている姿からは想像もできない。
「おら、直ったぞ」
そういって下級生の腰の辺りをぽんと叩いた。
「ありがとうございました」
治療も着物の繕いも終わった下級生は、恐縮気味にペコペコと何度も頭を下げて去っていく。
その背中を見送って障子を閉めると、こらえきれずにぷっと吹き出した。
「なんだよ、笑うなよな伊作」
少しは恥ずかしいらしく、照れたように壁を向いて裁縫道具を片す。
「文次郎って、何でも出来るんだなぁっておもってさ」
「バカタレ。忍者たるものこれくらいできんでどうする」
「そりゃあ僕だってちょっとした繕い物くらいは出来るけどさ」
まだ収まりきらない笑いを引っ込めようと、努力してみるものの、その努力をすればするほど笑いはとまらない。
「君が裁縫だなんて、似合わないんだもの」
「うっせぇなぁ。似合う、似合わねぇの問題じゃねぇだろうがよ」
伊作の笑いが文次郎にも遷ったのか、後ろのほうは声が震えている。
その声を聞いて、今度こそ伊作は大声を上げて笑ってしまった。文次郎もつられる様にして笑いだす。
「あははっあーあ……本当に珍しいもの見せてもらったよ」
二人して大笑いした後、床に転がって天井を仰いだ。
ひんやりとした床が寒さを呼ぶ。
「文次郎ってさ……本当面倒見いいよね。世話好きって言うかさ」
ふと真剣な声色に戻って伊作が呟く。
「あ?なんだよ、妬いてんのか?」
文次郎は、体を起こして伊作のほうを向く。伊作もまたそれに倣うように体を起こした。
「なんならその面倒見の良さと世話好きさで、お前のことも面倒見てやるよ。一生な」
求婚まがいの科白に、今度は二人して黙り込む。そしてどちらともなく吹きだした。
「何それ!クサっ!文次郎クサっ!コノ部屋臭ウヨ!」
「何だと!俺の一世一代の求婚をてめぇ!」
しかもこの部屋はお前の仕事場だろうがよ、と爆笑する伊作の頭を文次郎は乱暴にわしわしと撫で回した。
「そういうことは女の子にいいなよね!わかってる?僕男だよ?」
痛い痛いと抗議の声を上げながらも彼は嬉しそうに笑う。
「お前こそ満更でもなさそうな顔してたくせに。わかってんのか?男に求婚されたんだぞ?」
ようやく伊作を解放した文次郎がざまあみろ、と言わんばかりに口の端に笑みを携えた。
「そんなの……」
と、伊作は一度ゆっくりと目を閉じて、再び開く。
「そんなの分かってるよ。君からの求婚だからこそ、嬉しいんじゃないか」
柔らかなその微笑に、文次郎は一瞬固まった。自分の体温が上昇していくのがわかる。
片手で顔を覆い
「くそっ……やられた……」
とごちる。
その様子をみた伊作の微笑みは、文次郎の知らないところでしたり顔に変わっていく。
本当に、人は見かけによらない。
文次郎が案外に照れ屋だとういうことは、誰も知らない。伊作だけが知っている事実。