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「和尚!ってか小平太!」
境内の中、袈裟を着た坊主に伊沙子は駆け寄った。
「あれ、どうしたん?いさっくん」
身分の高い和尚と気軽に話せるのは、お互いが寺の生まれであり、幼なじみであるからである。
「あのね小平太。チョウズを廻すって何か知ってる?」
「えーっと、次の法事はいつだったかなぁ…」
まじめな顔をしてお堂の中に戻ろうとする小平太に
「もしかして知らないの?」
と問いかけると。
「何言ってんの。ちびしー修行を受けた私に知らない事なんてないよ!」
「それじゃあ教えてよ」
にこにこと訊ねると小平太は神妙な面持ちで実はねと切り出す。
「実はねチョウズって言うのは…」
「うん…」
聞く方も緊張するのか神妙になる。
「隣村の長次のことなんだ…。ほら、ずーずー弁で言うと<ちょうず>だろ。浪速ですごく有名になってるらしいよ」
伊沙子はその答えをそのまま文次郎に伝え、そして隣村から長次をつれてきた。
一方長い間待たされている仙蔵はいい加減にしびれを切らしていた。
「遅いなぁ…まったく…何をしているんだろう…」
そこへ長次がやってきた。
「立花様…ですね…。お呼びだと聞きましたが…本当に私でいいのでしょうか…」
ぼそぼそと聞き取りにくく話す長次に仙蔵は
「…さっきの女中さんはどうしたんだ…?」
とつぶやき、まぁいいかと思い直す。
「あなたでかまいません。申し訳ないですが、チョウズを廻してくださいませんか」
「はい…どこで廻しましょう?」
返答に仙蔵は渋い表情を見せる。
「どこもなにも。ここですが」
「ここ…ですか」
長次が少し照れたように頭を掻く。
「何分私は初心者なもので…浪速でそんなに有名になっているとはつゆ知らず…では…すこし失礼をばして…」
そういって長次は立ち上がると舞をまうようにくるくる回りだした。
呆気にとられる仙蔵は一瞬目をしばたたかせ
「何してらっしゃるをんですか?早くチョウズを廻してください」
「はぁ…もっと早くですか…?」
先ほどより少し早く回り始めた長次の表情に疲労が伺える。
「何をしてるんですか?ちゃっちゃと廻してください」
仙蔵の言葉の意味が分からず、長次は回りながらうなった。
「ん~~~…チャッ!ん~~~…チャッ!」
「お客様は怒って帰られました…」
対応に疲れたのか力の抜けた様子で秀が文次郎のところへ報告にくる。
「ということは長次のことではなかったという事か…」
筆をくわえて文次郎はうなった。
「で、当の長次はどうしてるわけ?」
文次郎の湯呑みでお茶を啜るのは伊沙子である。他人はそんなことをすればもちろん怒られる。
「部屋で目を回して倒れてます…」
秀の答えに思わず二人は視線を合わせた。
「やっぱりあの和尚の話はでたらめだったか。なぁ、あの和尚がこの村に初めて来たときのこと覚えてるか?」
「いや…僕はまだいなかったから…」
笑う伊沙子にああそうかと相槌を打つ。
「あいつがきたのはなんかでっかい法事があったときなんだ。あの和尚、経典読みながらお経を上げてたんだが、難しい漢字のところへくると、う~~~~~ん…う~~~~~ん…と唸りはじめたんだ。で、そばにいた古株の和尚が見るに見かねて<もういいからそれとばせ>って言ったらそいつ、経典をばーんて前に…突き飛ばしやがったんだ」
伊沙子と秀は目をまん丸にした。
「でもほかの奴らはそんなことしらねぇからな。<ここの宗派はここまで教が来たら経典を前にとばす宗派なんだぁ>って妙に納得してやがった」
ひとしきり笑った後、伊沙子は切り出した。
「で…どうしよう…また浪速からお客が来てチョウズ廻せって言われたら困るよ?」
「そうだな…また長次を呼んで目を回させるわけにもいかねぇし…」
少し悩んでそうだと叫んだのは文次郎。
「今から浪速の旅籠にいって明日の朝<チョウズを廻してくれ>と言えばその意味が分かるかもしれんぞ」
早速その夜、伊沙子と文次郎は浪速へと足を運び、手近な旅籠へ泊まった。