踏まれた。
遠くで雷の音が聞こえる。
まだ雨の落ちてこない空を見上げながら、長屋の縁側でごろごろうとうとしていた。
「こぉら、文次郎」
「あんだよ」
見下ろす相手にそっけなく返事をする。
「邪魔なんだけど」
少し頬を膨らませて、顔を覗き込んでくる伊作は両手いっぱいに洗濯物を抱えていた。
「洗濯したんか。雨降るぞ」
「だからあわてて取り込んだんじゃないか」
ひじで頭を支えた状態で縁側を向いた文次郎から足を退けると、しれっとした様子で彼は自室に入っていく。
「君こそ、こんなところで何やってるのさ」
「うるせぇなぁ……昼寝だよ、昼寝」
開け放したままの障子をはさんで話す。
「ここが一番風通しがよくて涼しいからな」
「い組の縁側だって変わりはしないだろう?」
大きくため息を吐くと、乾いた洗濯物をたたみ始めた。
「ここは静かだからな」
い組の縁側、すなわち文次郎の部屋の縁側は、渡り廊下のそばにあるため人通りが多い。
比べて伊作の部屋は端っこにあるため、人はとおらず静かなのである。
「そう」
伊作はため息を吐くかのように返事をするが、その表情は柔らかい。
文次郎は目を瞑り、背後に聞こえる洗濯物をたたむ音を聞く。
その中に雨の音が混じりだした。
「降ってきたね……」
「あぁ……梅雨だからな……」
片目を開けて庭を眺める。地面と紫陽花の葉が雨に打たれてバチバチと音を奏でていた。
「雨は嫌いだけど、雨の音は好きだな」
「矛盾してないか?」
思わず聞き返す。
「そうかな……?」
首をかしげる気配がわかり、文次郎の口元は自然と緩んだ。
「はい、文次郎。君の分もついでに洗濯しておいたからここにおいておくよ」
「悪いな、いつも」
体を起こし、振り返る。礼を言うときは相手の方向を見るのが礼儀である。伊作はさっさと自分の分を箪笥に片付けていた。
「悪いと思うなら溜め込む前に自分でやってほしいんだけどね」
「色々都合があるんだよ」
肩を上げる伊作に、文次郎は立ち上がって照れくさそうに頭を掻く。
「なんだよそれ」
むぅと膨れてみせる伊作に、文次郎は別に、と視線を逸らした。
「雨……か……」
伊作は文次郎の傍にひざを抱えて外を見る。
「雨だな……俺は嫌いじゃないがな」
そんな彼に習い、文次郎も胡坐を掻く。
「そうなんだ」
「雨が降らなきゃ米も野菜もできないからな」
現実的でもっともな答えを聞き、伊作は笑いを漏らした。
「確かにそうだね……でも、僕はやっぱり音が好きかな」
優しい目で外を見つめる彼に、文次郎は相手を見て、何故、と問うた。
「だって、沢山の人に拍手されてるみたいで嬉しいじゃないか」
「俺がいるだけじゃ嬉しくないか?」
きょとんとした表情で相手を見つめ返し微笑むと、返事の代わりにそっと口付けを交わした。
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