趣きある黒電話がリーンと澄んだ音をたてる。
「おはよう、ソレイユ君」
「おはようございます。今日か明日は絶対に雨ですね。」
片手間に取った受話器口で少女が何度か頷いた。山積みになった紙の束から適当に一枚引き抜くと、走り書きをしながら会話を交わす。
「どうして?」
「オーナーがこんなに早く起きてこられるなんて、天変地異の前触れに決まっています」
相手を気遣うようにゆっくりと受話器を下ろすと、やだなぁ、と小声で文句を言いながら自分の店を後にした。
「酷いな……。私だってたまにはするよ?早起きくらい」
「早起きなのは結構ですが、襦袢で店に出てくるのいい加減やめてもらえませんか」
「まだ開店前だからいいじゃない」
「いいわけないです。早く着替えてきてください」
近所なのにどうして電話がないのと思いながら走る。着物のすそが邪魔だ。下駄はカラカラ鳴り続ける。
まだ準備中の札のかかった喫茶店の前で、少女は大きくため息をこぼしてからからゆっくりと扉を開けた。ついている鈴がカランと鳴る。
「すみませーん、まだ開店前なんですけど」
笑いを含んだ声は、棚に並べられた西洋骨董の向こう側から聞こえた。
少女はおや、と思う。
仮面の顔は降参のポーズをとり、カウンター越しにスプーンを突きつけられながらも微笑んで、入ってきた彼女をみやる。
「あ、お客さんじゃないね」
「どうしたんですか、一芳さん」
「ソレイユさんったら、名前で呼んでねっていったのに。オーナーにお電話」
走り書きのメモを、本人ではなくカウンターの向こう側ですいません、と笑う顔に渡す。
「私たちはあなたのところの電話番じゃないのよ?」
腕組みをしてぷりぷりと怒りながらもカウンター席に座った。
「そうだねぇ、電話の導入も検討してみよう」
まるで誰かに相談するような口ぶりで、オーナーは席を立つ。
「どこにいくの?」
と小首をかしげてたずねる彼女に、彼は一言着替え、とだけ残して、奥へ消えた。
「あの人、今日はえらく早起きなのね」
苦笑交じりに頷く。
「明日はやっぱり雨ですね」
「雪かもよ?」
小声で話しながら、二人はくすくすと笑いあった。
「そういえばお仕事いいんですか?」
朝一番のお客にスマイルを向けながらソレイユはたずねる。
「あまりよろしくない。志桜里が怒ってると思う……」
「いつもすみません」
「いいのよ、ソレイユさんが気にすることはないと思うわ。問題は……」
一旦言葉を切って、志都花は店の奥を目線で示した。
「しかし…」
彼女の言いたいことを、理解したうえで、それをやんわりと否定する。
「主の問題は僕の問題でもありますから」
意に染まないですけどね。と付け足して、再び笑う。
「いいの? そんなこと言っちゃって」
と、志都花が言ったところへ、オーナーがやってきた。
整えた黒髪にかんざしを挿し、派手な赤い着物を肩から提げた様は、まるで遊郭を渡り歩く遊び人のよう。
四尺七寸を越す身長に、すらりとした身体。整った顔には少し不釣合いな仮面をしているが、それも気にならぬほどの美青年だ。
「さぁ、いこうか。志都花」
手を彼女の腰に回してにっこりと笑う彼に、
「なんでそんなにえらそうなのよ」
と、くしゃりと顔をゆがめて笑い、軽く彼の胸を小突く。
「いってらっしゃいませ」
ソレイユが二人に向かって頭を下げた。
「し~づ~か~」
店では志都花と同じ顔が怒りをあらわにして待っていた。
「志桜里ちゃん、ごめんね」
「ごめんねじゃないですよっ」
腕組みして怒る仕草に既視感を覚える。先ほど喫茶店で志都花が怒っていたときも同じポーズをとっていたのだと思い出す。
「やっぱり双子なんだねえ」
とうとつにしみじみと味わうようにいったその言葉に、二人は小首をかしげた。
「ちょっと、オーナー。変なもの食べたの?」
「朝は早いし。変なこと言い出すし」
同調で問い詰められ彼は、はははと笑うしかなかった。
「というわけで電話かりるね」
それだけいうと、相手の返事も待たずに、受話器を取り上げた。
かける相手は決まっていた。
「おはようございます。先ほど電話いただいたクロカミと申します。ご依頼はなんでしょうか?」
双子は書いててとても楽しい。
漫画になることをイメージして書いていたので、最初のあたりは
セリフ⇒DIEU NOIR(オーナーのお店)
ナレーション⇒蘇芳書房(双子のお店)
のイメージ。
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